さくらとともに靖国神社参拝(ー人ー)

能楽堂と開花標本(基準)木

皆様こんにちわ!( *・ω・)*_ _))ペコリ
Nemotoです。

さてほたるに続き、今回は梅雨の時期にぴったりな・・と行きたいところなのですが、少し時は遡り(笑)2015年4月2日に行った靖国神社のご紹介をしたいと思います。

当シリーズ第4弾は「靖国神社てくてく徒歩探訪」と題して、少し狭い範囲でご紹介しますね!千鳥ヶ淵も一緒にと思ったのですが、少し長くなってしまうのでそちらはまた今度記事にします(*´ω`*)

ではでは靖国神社とさくらまつりのご紹介です。

 


【場所情報】
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明治2年(1869)6月29日に建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されました。
靖国神社は、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。
「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。
靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、
ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、
すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。

第二鳥居
第二鳥居(青銅大鳥居)から神門をのぞむ。

ちなみに今年は終戦から70年であり、終戦70周年特設サイトも開設されております。
http://www.yasukuni.or.jp/syusen70/

また桜の時期には毎年千代田さくらまつりも開催されており、ライトアップや屋台も出店され、大変な賑わいをみせます♪
(平日でも夜になるとすごい人でした・・><)
今年はだいぶ前に終わってしまいましたので、来年をお楽しみに!(笑)
http://www.kanko-chiyoda.jp/tabid/1116/Default.aspx


私は会社を午後さぼt・・休暇を頂いて行ってきました( ̄ー ̄)ニヤリ
平日だから空いているだろうという淡い期待は裏切られ、学生~年配の方までたくさんの人で賑わっておりました。
この日は快晴も快晴、温度もちょうどよく、さらに桜も満開近いということで絶好のお花見日和でもありましたので、
場所取りされてる方もいましたし、年度の始まりということで新入社員らしき人たちの歓迎会のようなものも行われておりました!

休日はさらに混雑していることが予想されますが、それでも桜の名所と言われる千鳥ヶ淵と合わせて一度は見に行ってみることをおすすめします♪
桜を見るだけであれば、千代田さくらまつりの時期を外すと少しゆったりと見ることができるかもしれませんね。

それでは靖国神社の写真を交えた紹介です!
・・・とは言ってもあまり考えずに撮影しているので、紹介には向いていないショットも多いのはご勘弁ください(笑)

 

■第一鳥居
いきなり少し暗いですが、入り口?すぐの第一鳥居からご紹介します。

第一鳥居(大鳥居)と千代田さくらまつりの屋台。第一鳥居は大正10年(1921)に日本一の大鳥居として誕生しました。「空をつくよな大鳥居」と歌われて親しまれていましたが、長年の風雨で損傷がはげしくなり、昭和18年(1943)に撤去されました。現在の第一鳥居は戦友たちの奉納により昭和49年(1974)に再建されたもので、高さは25mあるそうです。 Canon 7Dは日が落ち始めると大変厳しいですね・・
第一鳥居(大鳥居)と千代田さくらまつりの屋台。第一鳥居は大正10年(1921)に日本一の大鳥居として誕生しました。「空をつくよな大鳥居」と歌われて親しまれていましたが、長年の風雨で損傷がはげしくなり、昭和18年(1943)に撤去されました。現在の第一鳥居は戦友たちの奉納により昭和49年(1974)に再建されたもので、高さは25mあるそうです。 Canon 7Dは日が落ち始めると大変厳しいですね・・

 

■大村益次郎銅像
第一鳥居から少し進むと大村益次郎銅像が見えてきます。よく肩や頭に鳩がとまっていたり、下で寄りかかったり腰掛けて食事をしたりしていますが、銅像になるくらいのすごい人なのです。

大村益次郎銅像
近代日本陸軍の創設者で靖国神社の創建に尽力した大村益次郎の銅像です。明治26年(1893)に日本最初の西洋式銅像として建てられたそうです。

 

■第二鳥居(青銅大鳥居)
大村益次郎銅像と第二鳥居の間には道路がはしっているため、ここから入る方も多いかもしれません。

第二鳥居を後ろから
第二鳥居を後ろから。青銅製の鳥居としては、日本一の高さを誇るそうです。何か文字が彫ってありますが、全然読めません・・(/_;)

 

■神門
此処から先(内苑)は、神門が開閉することにより立入りが制限されています。開門は朝6時から、閉門は時期によって17時~19時となります。閉門した状態の神門を撮影したい場合はこの時間帯以外に行く必要がありますね。

神門の菊の紋と桜
神門の菊の紋と桜。神門は比較的新しく、昭和9年に建てられ、この菊花の紋章は1.5mにもなります。その神門、菊花の紋章、さらには桜に少し日が傾いて斜めに入る光がとても美しかったです♪

 

■拝殿
拝殿は明治34年(1901)に建てられました。上部にも記載しておりますが、246万6千余柱の方々の神霊が斉しくお祀りされています。

拝殿
菊の紋が映えます。

 

靖国神社の主な紹介はこれくらいで、あとは桜とともにさらっとご紹介です!

 

斎館・社務所
桜に彩られた斎館・社務所。和ですが、何か洋も混ざっているようなそんな雰囲気の建物です。

 

燈籠
燈籠(銅造献燈?)。きりっとした佇まいに桜が合いますね♪

 

桜の木
桜というとどうしてもかなり遠くから全体を撮るか、望遠でアップで撮るかがメインとなってしまうのですが、これはその中間くらいで1本の桜をメインに撮ってみました。・・のつもりだったのですが、後ろの桜と重なって全体を撮ってるのとあまり変わりませんね・・>< この木はなかなかおもしろい形をしており、良かったのですが・・orz

 

絵馬
絵馬は、神社・寺院に祈願、もしくは祈願した願いが叶った際の謝礼をする際に奉納します。皆さんたくさんの願い事、願い事が叶ったお礼があるのですねー。私は何だかんだで書いたことがないのではないだろうか・・

 

ヒヨドリ
桜といえばヒヨドリ!ただ、ヒヨドリは桜を食べたり、鳴き声がうるさかったりで結構嫌われているようですね^^; 都会に住んでいるとこういう時しか見ないので、いい被写体だ!としか思わないのですが(笑)

 

足元に咲く桜
足元に咲く桜。石の黒さと桜の白さのコントラストが美しい!

 

都会の自然
神社や寺院に行くと、都会にいながら自然に囲まれる雰囲気を味わえますが、それでも少し目線をずらすと工業物が見えます。桜や他の木とミスマッチではあるのですが、何故か嫌いではないです(。-∀-) ニヒ♪

 

桜ミニ
先ほどのクレーン?もそうでしたが、自然と工業物はアンマッチさがなんかいいですね♪

 

木の幹から咲く桜
木の幹から咲く桜。木の幹に咲いていると背景暗めになりますし、桜が映えていいですね(*´ω`*) 運の良いことに形も綺麗♪

 

奉納酒樽
奉納酒樽。なぜ神社に酒樽があるのか・・神様に奉げる最も清らかな水を「玄酒」と言い、時代が下るにつれお酒も奉納するようになりました。そしてテレビやラジオすらない時代に、『宣伝(うちのお酒は神様も飲んでいます!)』も兼ねて献上されるようになったそうです。 そう聞いてから見るとなんかちょっといやらしさも感じますね・・。

 

能楽堂と開花標本(基準)木
能楽堂と開花標本(基準)木。なぜ靖国に行ったか?それは開花標本木を写真に収めたかったからです。・・それなのに、いざ行ってみたら完全に忘れており、現像するときになって初めて「能楽堂の近くにあるこれがそうなのかー」と気づく始末(笑)。なのでなんともわかりづらいショットとなっております^^;

 

靖国神社は毎回何かと話題になる場所ですが、日本人にとっては日本のために戦死をした人たち(犠牲者)が祀られている場所であり
そこに参拝することは、ある意味ご先祖様にお祈りすることと同じなのかなと思います。
ただ戦争を始めた責任者も一緒に祀られているため、他国から見ると少し嫌な思いをするのかもしれませんね・・。

しか~し!そういった諸々を一旦わすれて桜を楽しむのも一興ですよ?
(なんだろうこの締め方・・(笑))

ではでは~!